reaching for the sky

ことばのかたち
第3集後記(書簡・日記) 2008-11-22

「それは、星かげのように、平野のそこここに、ともしびばかりが輝く暗夜だった。
あのともしびの一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇跡が存在することを示していた。」
“Terre Des Hommes”, written by Antoine de Saint-Exupéry

フランスの片田舎で人にほとんど知られぬことのなかった79歳の生涯をコンスエロは閉じる。その20年後の2000年に、彼の死後に亡命先のニューヨークから持ち帰り、彼女が大事に仕舞い込んだいくつもの大型トランクの中から遺品の数々が現れた。

彼女は生前この遺物と共にその地で30年以上を静かに過ごしたことになる。その残されたものの中にアントワーヌ氏と交わした大量の書簡も見つかっている。

photo: 1935年12月、サン=テグジュペリはパリ-サイゴン間の飛行記録更新に従事。その19時間と18分後、リビア砂漠に墜落。愛機シムーン(ベルベル語で北アフリカに吹くと言われる「毒の風」の意)の残骸と共に。

コンスエロの生涯は人の間にあるひとつの愛のかたちを示していると思う。

大柄で獣のような相貌はサンテグジュペリの人格を形成していったコンプレックスのひとつだった。遺産家の家系の出身で財に困りはしなかったが、その外見は女性に拒まれ、かつてコンスエロも同じように彼のエレガントではない相貌を相手にはしなかった。
彼はその著作物によって名声を得るがその彼の顔の外見的な評価もここで一変する。彼がコンスエロと出会い、強引な自殺的行為に出た彼を彼女が受け入れたのはそれ以前の時期であった。一度一人の相手を受け入れた彼女の情熱は深くて強い。

まだまだ危険で未知な分野であったパイロットとして、定期郵便飛行に従事していた彼は昇進や転勤も多かった。1929年に赴任地、アルゼンチンのブエノス・アイレスでコンスエロに出会う。エル・サルバドル出身の未亡人であった彼女28歳の年である。
1931年、彼が31歳の時に自国フランスへ戻って結婚。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリにとってこの時期はまさに人生の絶頂期であったろう。同年出版された『夜間飛行』がフェミナ賞を受賞、続く『人間の大地』でフランス最高のアカデミー・フランセーズ小説大賞を得る。名声を手にした彼の心が向かう方向も飛躍的に広がって行く。

作家で冒険家という名声後のイメージの前に、彼は技術者でパイロットであり、ライト兄弟が1903年に初動力飛行を成功させた後の、アメリカ合衆国が航空技術の快挙を遂げていた頃に、郵便輸送など、航路自体を開拓しながら商業飛行を先導していた当時のフランス国のパイオニアでもあった。そんな時代は同時にあの第2次世界大戦が勃発していく時代へと続いて行く。

一方でコンスエロについては、結婚後3年ほどでその夫婦生活に変化を来たし、彼に数人の愛人が出来て、お互いは別居をし、破局には至ってはいなくても疎遠になってしまったといった風聞の中で、書簡や写真、彼の諸遺品が長い間未公開であったために、注目されずひっそりとその存在の印象すら消してしまった。事実、アントワーヌの心もこの頃、彼女からはもう、それが一時的だったにせよ、離れてしまっていたのかもしれない。

1939年9月29日と30日ミュンヘンで開かれた英・仏・独・伊の4ヶ国首脳会談、いわゆるミュンヘン会談で、チェコスロヴァキア領・ズデーテン地区がドイツによって併合されるのを、会談開催国イギリスの首相・チェンバレンが全面的に承認した。これに続きドイツは ’39年9月1日ポーランドに侵攻し侵略、これを期に植民地など自国の利益を保護するどころか、国の存続自体に危機感を抱いた英・仏両国が同月3日には対独・伊の戦争に踏み切る。
この頃再び、彼の人生模様にコンスエロの姿がしばしば現れて、遺品が公表されるまで語られることのなかった大事な意味をアントワーヌは確固として見い出していく。

しかし、その翌日の9月4日にはアントワーヌも大尉として招集され、航法を教える教官の任に就くが、実戦部隊への転属を志願し、11月3日に偵察飛行大隊への配属が決まる。合計7回の出撃を終えて、休戦後の1940年8月5日に北アフリカ・アルジェで動員解除を受けた彼は、休養の後にアメリカ合衆国への亡命を決意する。作品の執筆はそこでも続けられ、未完に終わった『城砦』や大ベストセラーの『星の王子さま』は亡命期の2年程の間に書かれる。また、講演や文筆によって既に占領下にあった祖国フランスのために抗戦活動を展開するが、無力で憂鬱な時代を過ごすことになる。
戦地を離れた政治的な抗争や人間の歪な関係の中で身体的な衰えを感じながらも、かつての偵察飛行大隊へ復属、合流するために1943年3月渡航許可を得て、同年5月4日北アフリカへ渡り原隊に合流。最新鋭機P38ライトニングの操縦訓練を受け戦線に復帰した。数回にわたる実戦に参加するが、年齢的な限界などもあり、操縦許可を取り消され、しばらく戦地を離脱する。しかし9ヵ月後には復帰を請願し再び各戦線に参加、数度に及ぶ出撃の後、1944年7月31日、フランス全土の高空写真撮影のために出撃し、帰還しないまま消息を絶った。

ゴシップ的好奇な関心を離れ、学究的な価値から、コンスエロの元にある彼の遺品等の公開が長い間望まれていて、何らかの意図で現在、彼女の死後20年後にそれが果たされた。そこには知られていなかった数々の事実と、空白を人々の思惑で塗り補ってきた“事実”の真相がつまっていた。コンスエロはアントワーヌとの思いと共に、一緒に大切に生涯残しておいた遺品、写真や書簡、彼が自分に当てたことばの形を、公開することを生前はおろか、死後も望まなかったに違いない。しかしアントワーヌとコンスエロの間で交わされた手紙を読むと、彼は生涯彼女を大切に想い、言葉を綴り、手紙に託してそれを彼女に送っていたことがはっきりと理解できる。

彼女は彼の仕事がパイロットであり不在でいる時間の長さと、孤独な、でも強い一人過ごす覚悟をもちながら、彼の帰りを、自分の元へと帰ってくる彼をずっと静かに待っていたことがわかる。それを書き記し、彼へ宛てて送った言葉は一方で情熱に満ちて、かきむしるような苦しみと寂しさ、喜びや高揚した感情が表現されているが、彼が帰らぬ身になってからはその言葉だけがずっと、彼とのつながりを感じ表す、彼女にはそれが残されたすべてになってしまう。

彼の手紙はそんな彼女を理解する以上に、ただ包み込むように愛して、憑かれたように言葉を綴り、ことばを書かずにはいられない衝動と共に、彼女のことをひたすら思い続けている。彼が残した、作品のほとんどは、そんな彼が言葉にしないではいられないものを、彼女に伝えずにはいられない、彼が見つけ、理解した大切なものを彼女に語り、彼女に宛てて書き記したものであった。

「だけど、はかないってなんのこと?」
「そりゃ、“そのうち消えてなくなる”っていう意味だよ」
「ぼくの花、そのうち消えてなくなるの?
「うん、そうだとも」

ぼくの花は、はかない花なのか、身のまもりといったら、4つのトゲしか持っていない。それなのに、あの花をぼくの星に、ひとりぼっちにしてきたんだ!と王子さまは考えました。王子さまは、はじめて、あの花がなつかしくなりました。
(『星の王子さま』サン=テグジュペリ作)

キツネは、最後にお別れを言いに会いに来てくれた王子さまに、約束していた「秘密」をおみやげに与える。「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないんだよ」そして王子さまが自分の花を大切に思っている理由を話した。
「ぼくが、ぼくのバラの花を、とてもたいせつに思ってるのは・・・」
「めんどうをみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。まもら
なけりゃならないんだよ、バラの花との約束をね・・・」
キツネは続けてそういった。
「ぼくは、あのバラの花との約束をまもらなけりゃいけない・・・」
王子さまも忘れないようにそう続けた。

『星の王子さま』に出てくるキツネが別れ際に王子さまにいった言葉は「責任」という言葉で語られる。そして大事な事は目には見えないと。とても平易な言葉だ。内容もことがシンプルなだけに読んで反射的に受け入れることができる。しかしそれを理解するとはどういうことだろう。

この物語は残された最愛の女性コンスエロに届けられたものだ。アメリカ亡命後には新しい生活と仕事も探して、彼女と過ごせる時間も今まで以上に大切なものになったはずだ。しかし、彼は彼女の反対を押し切って戦線へと戻って行く。愛するものがいるからこそ、自分のその責任を果たさなければならないといいながら。祖国で人々が苦しんでいる時に自分は国のために戦わなければならない。彼女への深い愛を飛び越えて自分の責任を果たすために再び彼は渡航し戦線に参加した。

コンスエロの愛を再び理解してそれが、そして彼女自身がいかにもろく、尊い存在であるのか彼は理解する。その彼女の愛によって自分の果たすべき責任の中へ飛び込むだけの力を彼は同時に与えられる。この辺の彼の行動と展開が理解できない。しかし彼の残したこの『星の王子さま』を読むことで、これは彼女に送られた物語ではあるが、自然な形でやさしく、感情も揺さぶられながら不思議と理解できてくる。これが、彼は物語を通して彼の言葉で届け伝えたかったモノのかたちだ。

One Comment
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