aspect of death

死の位相

“Une Charogne” – 現代日本語訳
by Charles Pierre Baudelaire

Rappelez-vous l’objet que nous vîmes, mon âme,
Ce beau matin d’été si doux:
Au détour d’un sentier une charogne infâme
Sur un lit semé de cailloux,

Les jambes en l’air, comme une femme lubrique,
Brûlante et suant les poisons,
Ouvrait d’une façon nonchalante et cynique
Son ventre plein d’exhalaisons.

Le soleil rayonnait sur cette pourriture,
Comme afin de la cuire à point,
Et de rendre au centuple à la grande Nature
Tout ce qu’ensemble elle avait joint;

Et le ciel regardait la carcasse superbe
Comme une fleur s’épanouir.
La puanteur était si forte, que sur l’herbe
Vous crûtes vous évanouir.

Les mouches bourdonnaient sur ce ventre putride,
D’où sortaient de noirs bataillons
De larves, qui coulaient comme un épais liquide
Le long de ces vivants haillons.

Tout cela descendait, montait comme une vague
Ou s’élançait en pétillant;
On eût dit que le corps, enflé d’un souffle vague,
Vivait en se multipliant.

Et ce monde rendait une étrange musique,
Comme l’eau courante et le vent,
Ou le grain qu’un vanneur d’un mouvement rythmique
Agite et tourne dans son van.

Les formes s’effaçaient et n’étaient plus qu’un rêve,
Une ébauche lente à venir
Sur la toile oubliée, et que l’artiste achève
Seulement par le souvenir.

Derrière les rochers une chienne inquiète
Nous regardait d’un oeil fâché,
Epiant le moment de reprendre au squelette
Le morceau qu’elle avait lâché.

— Et pourtant vous serez semblable à cette ordure,
À cette horrible infection,
Etoile de mes yeux, soleil de ma nature,
Vous, mon ange et ma passion!

Oui! telle vous serez, ô la reine des grâces,
Apres les derniers sacrements,
Quand vous irez, sous l’herbe et les floraisons grasses,
Moisir parmi les ossements.

Alors, ô ma beauté! dites à la vermine
Qui vous mangera de baisers,
Que j’ai gardé la forme et l’essence divine
De mes amours décomposés!

photo: マネ画「ボードレールの肖像」, Peint et Crave par Manet, 1862

シャルル・ボードレール Charles Pierre Baudelaire
1821年パリ生れ。19世紀フランスの詩人・批評家。1857年(36歳)に詩集『悪の華』Fleures du Mal 初版が刊行。美術・文芸評論でエドガー・アラン・ポーの作品を激賞。「サロン界」の“寵児”。生活力を欠き書簡や日記を見るとその大半がお金の工面に費やされている。彼の生活を完全に破壊している芸術や詩文の意味を考えずにはいられない。1867年没。モンパルナス墓地に埋葬。近代都市パリが生んだ稀有な詩人といえる。

●芸術上の表現とその題材

ボードレールは社交の大事な場「サロン」で詩を朗誦して得意になっていた。詩集『悪の華』初版の刊行以前に既にこれは仲間や芸術家同士の集まりの場で何度か公開されていた。集まった人々に嫌悪感やその詩が切り開いた表現律の衝撃を与えながら、この「腐屍」という“加虐的な”詩を、彼は内なる理想の恋人に向かって放つ。彼が挑んでいたものは、奇異で突飛な、倦怠感に咽ぶ社交場の秩序や知識階級帰属者に向けて発した逆説的自己顕示欲を別にして、詩そのものが帯びて機能する芸術的社会性であった。つまり言葉の芸術的側面とその可能性である。よって言葉が取り込んだ題材、対象が問題だったわけではない。しかし彼の心には常に失われた若き理想の姿や瑞々しい情熱的な感情の起伏を思慕しながら、一方で肉体的な欲望を抱えながら穢れ、激しくうねり出す冷徹な自意識があり、それが彼に言葉を与え、言葉を錬金する活動に縛り付ける。しかし彼が追求した詩という芸術的な意味を離れて、その詩が対象にした獣の屍、生物の死に関して言えば、それは彼が表現し得たほどに“饒舌な”現象ではなかったであろう。

Elohim Creating Adam, 1795 by William Blake ウィリアム・ブレイク
1757年ロンドンの靴下職人の家に生まれる。10歳の時に銅版画師の元で住み込みながら修行を始める。後に銅版画師として独立するが12歳ごろから既に詩作も少しずつ行う。19歳の弟を若くして亡くしてから彩色版画の技法を見出し、版画と詩を結合させた独自の世界を築いて行く。晩年まで精力的に創作活動を続けるが同時代では理解されることはなく、ほぼ生涯を無名のまま終えた。1827年没。

●生物としての死

以下は解剖学者が記述した「死」の過程だ(『性と死』Le Sexe et La Mort, Jacques Ruffie 1986)。
ここでの本文は、「死」を生理学、組織学、生化学の立場で人が臨終に際し先行して現れる現象の様子を記述した箇所から始めてみる。今日の生物学では、あいまいで境界線が揺れる医学とは別に、大脳の機能停止をもって「死」を定義する。 前段はその大脳機能の停止までを記述している。

「動脈圧の低下、心電図上の一連の心拍異常、血管、心室の頻脈」呼吸が高いびき(病人はあえぎ)を伴い、同時に意識を失って漸次脱力するのが見られる。ある時間(数分から数日)の経過後、病人は昏睡状態にはいる。何回かの短い間明晰さを取り戻すこともあるが、やがて深い、逆行不能な昏睡状態に陥り、その間動脈圧の低下が観察。心臓は、大抵、筋肉が不動になり完全に停止するか、心臓の筋束が完全な無秩序のうちに協調性を欠いて収縮して鼓動が止まり、循環が中絶し、心室細動(心筋が正常な収縮・拡張を行わず各部分がばらばらに活動する状態)が見られるかのいずれかである。神経組織(特に大脳)は、血液の供給が途絶え、あるいは不十分になり、非常に早く変性する(2分から8分)。この瞬間に、脳波は平らになる。この段階を“昏睡を超えた”と言う。

呼吸、循環、栄養(静脈内持続注入)などの補助によっていくつかの器官の機能を継続させ、生かし続けることができる。腎臓、肝臓、膵臓、心臓はこうしてしばらくの間は人工的に独立して生きることができる。しかし大脳の損傷は残っている。循環と呼吸が止み、心臓が弛緩したまま停止し、胸腔が呼気の状態に留まる。筋肉と括約筋が弛緩する。体内にある毒素を含んだ汚物はからだの外に流れ出し、目はどんよりと開かれ、瞳孔は散大している(散瞳)。まだなま暖かい遺体は柔らかく、蝋のように青白い。

この筋肉の弛緩は4,5時間つづき、5、6時間の後に遺体は硬直する。 循環系の停止によって酸素の供給が欠乏し、糖分の分解が酸化の最終段階にまで達することができないのに、解糖は嫌気的に分解を続ける結果、乳酸が組織内に蓄積するためだ。 24時間後に死斑が見られる。遺体の最も低い部分(うなじ、肩、尻)に凝結しなくなった血液が鬱積し、赤斑となって現れる。死後に血管などの循環系は体内の自然腔に生存するバクテリアによってすぐに汚染され始め、血液が溶血するために凝固しないのだ。やがて、遺体の硬直は消え、壊死し始める(腐敗)。その最初の徴候はガス(モノエチルアミン)と耐え難い臭気を持った腐敗液(ディエチルアミン、トリエチルアミン)の発生にある(※遺体にはアオバエCalliphoraが群がり、自然腔に止まり、鼻腔や口から漏れる腐臭を嗅ぎ分ける。これは生体には決して近寄らない)。
まもなく、緑色の幅広い腐敗の斑点が、とくに下腹に現れる。斑点は次第に死体全体に及ぶ。通常は腸内に生存しているバクテリアが、もはや免疫防御で制御されずに繁殖したことによる。その後、死体は水分を失い、皮膚は乾いて皮革のようになる。 

人体の組織や器官は同時に変性するわけではなく、規則的に順を追って死んでいく(異化作用)。大部分の細胞は自己分解で死んでいくが、貯えを使い果たすと、自らの酵素によって崩壊していく。これにバクテリア等の攻撃による外因性の異化作用が加わる。最初に記したように、血液循環が止まってから2、3分後には細胞は異化作用を始める。急激に変性し、最初に死滅するのは神経細胞で、これは特に大脳などの神経組織を構成している。大脳皮質の細胞は、心臓の拍動が止まってから7,8分後には壊死状態になる。視床下部の神経細胞はやや長く、75分以上生きている。
これにつづき、肝臓、腎臓、腺細胞が変性していく。最後まで生き残るのは上皮細胞で(死後2,3日)、髪、その他の毛、爪は死後もしばらくのびつづけてから崩壊していく。肝臓などの器官は、ドロドロのかゆのように液状化して、頭蓋、胸郭、骨盤内に充満していく。肝臓は3週間ぐらいで、心臓や子宮は5,6ヶ月目に消滅する。
からだの内部に棲んでいる細菌、カビ、病原菌、寄生生物等、200種類前後を数える異生物の中で、いくつかは遺体中にその繁殖の地盤を見出していく。遺体が埋葬されるか、あるいは放置された状態の場合、時間の経過に従い、ダニ類やムカデなどの多足類、クモ、昆虫、野ネズミなど、外から棺の中へ入り込み、あるいはからだやその内部に取り付き入り込んだ生物によって、遺体は次々に食い荒らされていく。

化学的に異化作用を記述すると、生体を構成していた水は、中に溶解している塩類、バクテリアと共に地中に帰り、炭水化物はアルコール、ケトン、有機酸に分解されて同様に地中に入る。その一部は炭酸ガスに変性し大気中に放散される。脂肪は比較的安定し、アンモニアを多く含んだ水酸化脂肪酸として残留する。蛋白質は、鎖状につながれた分子レベルの物質だったものから腐敗作用によって短く断ち切られ、液体あるいは気体アミノ酸へと化学変化を起こす。時にはアンモニウム、あるいは硝酸塩と亜硝酸塩に分離して植物に吸収される。

 約一年後、遺体はもはや肉のない骸骨に過ぎず、なお靭帯、腱、太い血管の残骸などの組織片が付着していて、匠鞘翅類の昆虫やダニ類が何匹も寄生している場合もある。骨の剥離には4,5年を要する。骨自体はカルシウムを失って雨水に溶け消滅する。場所によってこの過程に数世紀もかかることがある。歯は最後に消滅してなくなって行くが、数千年も残り続けることがある。」

●単一化する死の形相
有機体から無機物へと変わるこの崩壊のプロセスは、人間の遺体を40分から60分間、一定に、摂氏900度の温度で保つことにより、すべて灰と煙と化し、取り除くことが可能であると氏は言う。彼は続ける。これは腐敗していく段階を取り除いて、有機体を鉱物に変化させる手段で、そのプロセスを省略する火葬は、自然と密接に関連した我々人間の生物としての事実を、この過程とともに社会生活から覆い隠すと。

「我々は腐敗という恥ずべき段階を避けることができる。しかし、火葬は、通常は遺体を回収して再び活用するはずの自然の営みをごまかすことになる。すべての生物が火葬に付されるような世界は、遅からずして人が住むことができず、まったくひとの住んでいない砂漠と化することであろう。」

社会制度や伝統、共同体内のしきたり等に対する批判をしているのではなく、火葬という、生死の循環の中で生物がもっている多様性を排して、人を全て押しなべて平等にするシステムの象徴として氏は言及している。当然、自然腐乱死や埋葬を肯定しているわけではない。埋葬にしてもこの腐敗プロセスを覆い隠す人間社会の形式である点では違いはなく、自然界への回帰という意味では、氏が章の最後に記すように、聖書の言葉を成就させる一面は確かにもってはいるだろう。

「人よ、記憶せよ、汝は塵埃にして塵埃に帰するものなることを。」

2 Comments
  1. ●「腐乱した獣の屍」(現代日本語訳)

    (思い出してみぃ?オレのマジ本命な変しい、あっ間違えた“恋しい”カノジョ。す、スんゲェー気持ちいぃ夏の朝、オレ達が見ちまったヤツを、だ!ナンかぁ、よく分かんないぃ、狭っちぃ道路の曲がり角、ガタゴト小ジャリの上にへたり込んでる、汚ったねぇ動物の腐った死体が、エッチな女の子みたいに、両方の脚を上に広げて、ナイスバディーをくねらせ、マジ毒の本気汁を噴出して、かったるいそうに、ムカつく態度で、ド臭せぇ「にほひ」だらけになって、ドテッ腹をおっ広げ、ホレホレ、これ見よがしに見せびらかしていたのをだ!)

    (おテントウ様のヤローがこの腐った死体の上にギラギラと照っていやがったぞ。この肉を焼いて喰おうって腹なのかよ、おい。偉大な“自然”みたいなぁ、こいつがでっち上げたモノ全部、倍返しにしようってたくらんでいるのか、お前は?そんな感じ)

    (お空は開き直ったこの死体が鼻のように、ん?エラそうに咲きほこるのをボーッと眺めていたわなぁ。鼻が曲がっちまうような強烈な臭いに、オレのカノジョーはブッ倒れてしまいそうだったっけ、これがまた)

    (ハエが早ェー、うるさく飛び回る、このぐじゅぐじゅに腐ってるお腹の中から、うェ、真黒なゾロゾロとあふれ出すウジ虫が、リアルなボロボロの毛皮からボタボタと油のように流れ出てきた・・酷でぇぜこれは)

    (そいつらが全部ぅ、サーフィンでもするように、上がったり下がったり、おっと、今度はパチパチ音まで立てて、跳ね上がる。ナンかぁ、それって風船でもふくらましたぁ、コピーでもしたゾンビのようになっちまった)

    (それってぇ、この世に馴染みのない音が聞こえて来た。蛇口の水や風邪のよう? うぅんと、それか・・サンバを踊るブラジル人労働者が工場の中で、リズムある動きに揺れ、ブルブル回転させる乳首のようって、これだな)

    (モノは全部消えちまって、もう残ったのはたったの一個の夢の中でこいたうそ話だけ。PC上で消去され、今は記憶だけに残った、それをあてにして描こうとする、ビミョーな下書きのイメージでしかなかった)

    (岩の後ろでとぼけた顔のオス犬が一匹、今にもキレそうな目でオレ達を見るよ。荒らされ喰い残った肉片を、死神から奪ってやるぞと鼻息も荒く。馬鹿かこいつは)

    (でもね、このクソまみれの、チョー臭せぇ、こんな姿にキミもなってしまうかも? 萌え!オレの目には星、太陽、エンジェル、情熱のカノジョぉも?)

    (イェーィッ、超“かわいいぃ”の蝦ちゃぁん!死んじまう坊さんからのインドウをもらって、ボウボウに生え放題の雑草の上、ガイコツの山に埋もれて、キミもかびて腐っていく時がって、それってナンかマジヒドくねぇ?)

    (その時はさぁ、萌えっ!オレのキレイなカノジョぉ、チューしようと寄って来るウジ虫に言ってやれ、オレのブッ壊れた恋愛は、かたちも聖域にある正体もマジ、ヤバイってことを)

  2. ●「腐乱した獣の屍」(日本語詩訳)

    (思い出したまえ、わが魂なる人よ、かくも快い夏の朝、私達の見た物を。とある小径の曲がりかど、散り敷く小石の寝床の上に 穢らわしい獣の腐屍が、淫らな女のように、両脚を宙にかかげて、身を焦がし、毒の汗をにじませながら、投げやりに、臆面もなく、悪臭に満ちた、腹をひらいて曝していた)

    (太陽はこの腐れ肉の上に燦々と照っていた、この肉をほどよく焼こうと、また、偉大な“自然”がまとめ上げたもののすべてを、百倍にして返そうとするように)

    (そして天は、堂々たる死骸が花のように咲き誇るのを眺めていた。鼻をつく匂いはあまりにも強く、草の上にあなたは気絶せぬばかりだった)

    (蠅が唸りを立てて舞うこの腐敗した腹の中から、真黒な隊伍をなして繰り出す、蛆虫どもは、この生命ある襤褸を伝って、濃い液体のように流れていた)

    (それらすべてが、波のように、低くなり、高くなり、またぱちぱちと音を立てて跳ね上がる。言うならば- 漠たる息吹を受けて膨らんだ身体が、増殖しながら生きているかのようだった)

    (そしてこの世界は異様な音楽を奏でていた、流れる水や、風のように、あるいは、穀物を簸る人が箕の中で、律動ある動きに、揺り、回転させる、粒のように)

    (形はすべて消えゆき、もはやただ一つの夢、画布の上に忘れられ、今は思い出のみを頼りに画家の仕上げる、もどかしい下絵でしかなかった)

    (岩の後ろに、懸念顔の牝犬が一匹、腹立たしげな目で私達を見ていた、口から落とした肉の片を、骸骨から取り戻す折もあらばと伺いながら)

    (-だがしかし、この汚物、おぞましい悪臭を放つものに似た姿とあなたもなるだろう、わが眼に星と輝く人、わが自然に陽と照る人よ、わが天使にして情熱となるあなたも!)

    (そうとも!このようにあなたもなるだろう、おお優美さの女王よ、臨終の秘蹟も受け終わって、肥え茂る草花の下に降りてゆき、堆みなす骨の間に、あなたも黴びて腐るとき)

    (その時、おおわが美しき人よ、接吻にあなたを蝕む蛆虫どもに、伝えたまえ、わが崩れ果てた恋愛の、形と神聖なる本質とを、私は心にしかと留めたと)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*