and, then

花一輪、ふたつの鉢には盛れません


森田芳光監督の1985年度作品。原作は夏目漱石の『それから』。 高校の教科書に取り上げられているこの作品、人によっては拒絶反応を引き起こすかもしれない。

教科書で教材として抜粋されていたのは、あの三千代と代助が白百合を挟んで対座した場面だ。小説を通しですぐに文庫本で一度読んだし、再読し内容が理解できたのはずっと後になってからだが、高校当時ですら新鮮なもの(物語の語り口や表現、会話での言葉遣い等に)を感じたのはまだ覚えている。

漱石の作品は、この『それから』にしても傍観者のごときユーモアがあって好きだ。登場人物の達観したような言動・言説はどこかユーモラスだ(最も対する真面目な相手には非情に腹立たしいものに映っている)。

原作は100年以上前に新聞小説として連載されていた作品だが、内容は閉塞し資本主義経済の頭打ちになっている現在の日本の社会状況に似ていると思った。

利権・権益を掌握した一部の財閥以外に新興の資本型株式会社が巷にも起こって、小規模の共同体的な事業や集団が没落(駆逐)・解体され、インフラなどの地域格差、生活の貧富格差が生じ、個人個人の意識変革も強いられた時代。隣国アジア辺りで戦争でも勃発し再び「特需」でも発生しない限り飛躍した興隆はすでに望めなくなっている日本は、個人個人が抱える社会問題がこの時代に似ていると以前思ったことがある。

とは言え、時代小説には違いは無く、映画の物語はとにかく切ない。片思いの相手を陰ながら思い続ける話が全編を貫いているわけだから、ウジウジしてんじゃねぇと思ってしまった方は早々に退場すべき作品だ。

この頃の時代の風潮は、漱石をして「智に働けば角が立つ。情に棹差せば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角人の世は住みにくい。」と『草枕』冒頭で言わしめた。

我を主張することは個人として自分を独立・確立させるための必須課題だ。それは他人に伍していくための処世でもある。しかし当時は他者との関係の中に個人の存在位置や価値観が置かれていたし、自分だけが裕福、あるいは幸せになってもそれは決してさにあらずだった。個人の倫理を支える満足度レベルも当然今とは違う。

先に「ウジウジしてんじゃねぇ」と思った方は不倫に安易に走るヤツかもしれないだろうし、家族以上に当面の欲求の処理や欲望の充足が優先事項かもしれない。そういう人はきっと当時の他人同士の機微を読み取るだけの繊細さ聡明さは皆無なのかもしれない。「姦通罪」がまだあった時代だ。倫理観以上に法的にもタブーだった時代。当然二者間の恋愛などはまずこの社会通念や関係性の犠牲になった時代。まわりや相手が幸せになるのであれば自分は犠牲になってもそれは「道義(儒教)」的にOKだと考えられていた時代だ。しかし恋愛感情が強力で激しい時、この個人レベルと社会性をもった関係重視の通念・倫理の狭間で主人公・代助のように葛藤することになる。
この葛藤・矛盾は西洋文明の中にあってほとんどロンドンのアパートの一室でノイローゼになっていた漱石自身の命題でもあったろう。


作品の解説をここでするつもりではなく、少し思ったことを記しておこう。

以下はLD(レーザーディスク)付属の解説書からの転載である。

この頃のジャケット・デザインや解説文などは本当にちからが入っているなぁと感じる。取り敢えず映画製作時、当時のリアルタイムなモノが当然反映されているのでそれらは貴重かもしれない。 今のDVDやブルーレイで再量産され一新されていくメディア類と較べてしまう。再生機器が揃わない場合は残念だが、DVDではもう観れないあるいは入手できない昔の映画に関していえばLDとて時代遅れとは思わない。

「高等遊民を自認する長井代助は、若き年、秘かに恋していた三千代を青年期特有の義侠心から親友、平岡に嫁がせてしまう。しかし、めぐる歳月は、秘めてきた愛の真実を残酷にも暴くことになる。あの青春の決着はまだついていなかったのだ。三千代への告白は、友情、そして彼をとりまく家族や社会との断絶をもたらし、あらゆる意味での破局を予感させた。それでもなお、社会にそむく愛に向かって、代助も三千代も走り出していた・・・

『それから』は、日本の近代文学を代表する文豪・夏目漱石の恋愛三部作『三四郎』『それから』『門』の一つ、最高傑作と評される同名小説の初の映画化である。

自然の風物が人々とともに匂いたつように生きていた明治後期の東京を舞台に、劇的な三角関係を軸に恋愛の神秘を探り、一方で人間のエゴイズムに鋭く迫る・・・ 漱石の文学世界が最も色濃く出ている作品である。
この永遠の国民文学に挑んだのが、『家族ゲーム』で昭和58年度のあらゆる映画賞を席捲し、世界の映画界からも注目された若きグランプリ・コンビ、監督森田芳光と主演松田優作である(略)」

この作品の解説はこの文章に尽きてしまうでしょう。 あと特有の語彙「高等遊民」や「義侠心」なども出てきますが、森田監督は作品の中でこれらの語が内包するあの時代特有の雰囲気や人々の気風を見事に映像化しています。さらに何といっても梅木茂の音楽がさらなる完璧な作品に仕上げてくれています。

プロローグ』は、前半を『メインテーマ』が、後半を人力車の効果音で始まる主要曲で構成。回想シーンや代助の三千代を想う場面で繰り返し使われていた名曲です。

2009年11月1日(日)記す

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