being under the sky 1.0

眼にて云ふ

血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきでくるしくないのは
魂魄なかば
からだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方から見たらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです

宮沢賢治さんの見ていただろう青空はとても澄んでいたと思います。ただどんな青空だったのだろうかと時々思いを馳せ考えます。

彼を「本当の意味で」(宮沢氏はこの言葉をしばしば使いますが)理解できていた人にとってはこんな言葉を「眼にて」連ねた氏の心境を、病床・既に死期にあり彼がこの「惨憺たる」状況にありながらも理解できた事でしょう。苦しみ血痰を吐く彼に向かって穏やかに「よかったね、賢サ。青いお空がきれいで、そして風までがなんて透き通っている事よ」と。

人と人同士は完全には理解し合えない死ぬときは結局一人で孤独がその本質にあるのだとは一方でよく言われます。これは、今の瞬間瞬間、もの皆すべてが空虚(うつろ)でそれを看取する事によってものの見方や生活の仕方全般にわたって達観したいわゆる「仏教的な」考え方に近いかもしれません。その日その日で楽しみを求め、小さな事で一喜一憂する自分、よく街の通りで心身共に美しい女性を眼にして(色即是不空)やっぱり心躍ってしまう自分は「色」の織り成す物質的・四感覚的(視覚とか)世界に執着していると言えます。

今私が述べたこの「仏教的な」考え方(これはたぶん自分の中での先入観に基ずくイメージや一般的な情報という意味)に今は抵抗を覚えます。

ですが仏教は知識にもとづく智慧(悟り)の実践(行動)体系でもあり、いわゆる現世(俗世)における処世術です。ですから現実を否定している訳ではないし、日々より良く生きていくための術であることに変わりはありません。ですから先の孤独を本質として人と人同士が完全には理解し合えないという認識とは少し違うはずです。

人と人が理解し合うという事。宮沢氏はこの事をどのように捉えていたのでしょう?

作家でもある宮沢賢治氏が見上げた青空について、彼の作品『なめとこ山の熊』を読みながら読み解いていきます。そして人は皆、結局は死ぬのだという事実。この点について稿を改め次回に述べようと思います。

moment edition 第3集「今週の断簡」より 2005年10月14日(金)記)

3 Comments
  1. 宮沢賢治(1896-1933)
    明治・大正・昭和初期に生きた無名の詩人。教壇に立ちながら農業にも従事。亡くなるまで病状が芳しくなくその後半生はほとんどを病床で過ごす。「裏の畑」での思索と散策を特に楽しみにしていた。

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