(序文)touchable

触れたもの

時々思い出すのは出会い話し友達になった人たち。
時間は確実に経ってゆくけど、もしその人たちがまだその場所にいて出会うことができるとしたらこのタイムラグは容易になくなると信じる。
今こうして目の前で会い話している友達や、その場所に確かにいる自分が今全身で感じているものを自分はいつも不思議だと思う。あとになって(おそらく思い出として)思い出すこの感覚・瞬間は、自分にとって、それを思い出している自分が今立ち生活しているものよりもリアルなものだ。ということは、どこかで時間や空間は自分にとっては二分されているということだろうか?

現実という言葉があるが、それが二分されている感覚に捉われていても本来それは境界線などのない1つのもののはず。帰国し東京に降り立つ時いつも感じるあの寂しいという感覚は何だろう?自分が寂しいとそう感じる感情ではなく、目に映る人々が寂しく映ると感じるその感覚。この感覚の両極された時間・空間の中にただ二分された「断絶」を見ているだけなのだろうか?彼の地では感じることのなかった感情のベクトルが反対に作用する、此の地での断絶。これは旅を終えたという単なる多少の未練をも含んだ感慨であろうか。「断絶」という旅行者と生活者の違いは案外こんな錯誤的な感覚の違いにあるかもしれない。そして旅行で得た感覚は錯覚だったことに気づき、「リアルさ」は霧消して簡単に忘れてしまうことだろう。ただ、「寂しい」と目に映り感じた感覚だけは霧消したリアルさの中でくすぶり続けるかもしれない。

都市が持つ空間や機能は生活の場としては人工的であり快適さのコストを代償にして無秩序で雑多な多様性を排除していく、イメージとしては「寂しい」という感情も人工的であって最早抵抗力を失っている。しかし確かな肉体をもった自分たちには欲求だけが残りこの感覚の行き先は結局どこへ向かうのか。

社会システムに絶対服従の集団文化は個性をつぶし慣例からはみ出すことを許さない。同時にそれは人が独自に考えを持ち、個となることを認めない

映画『バベル』を撮ったアレハンドロG.イニャリトゥ氏が日本についてはそう看破していたのを思い出した。
イリャニトゥ氏は日本、特に東京が好きだと言う。氏は日本についてよく知っているのだろうか?あるいは氏は詩的に直感をもって瞬時にそう日本という国を見抜いてしまったのだろうか?

氏の言う日本はむしろ他国にも見る都市機能を持った都心・東京よりも、地方圏の日本について当てはまるように思う。氏が言うように確かにそこでは集団からスピンされた場合、「個人」にとっては居場所がないのかもしれない。都心には自身が個として孤立している反面、他者を意識して摩擦を避け、むしろ(表面的ではあれ)オープン(社交的)で、ウィット(機知)にとんでいるようにも思う(「個」を問題にする場合、一般的な傾向について述べてもしょうがないのだが・・・)。

一般的に述べることが許されるなら、半端で節操のない地方都市だろうが都心であろうが程度の差こそあれ、日本人の傾向という点では氏のコメントで括られる程には、違いはないのかもしれない。
ただ、先ほどの「寂しく映る」感覚は、東京の都心だけでなく、他の都市、例えばヨーロッパのパリの街で感じたものに似ている。

物質的革新を遂げ、「個」という精神的にもヨーロッパが「近代」のプロセスを踏み現代に至っている、成熟した社会、人々はやがてその発達段階において飽和状態に陥り、貪欲なはずの資本主義経済も人権や「個」を尊重するあまり成長を押し戻す負担だけが肥大、限りない利潤と成長を課された経済の原理は相容れられず人が中心としたその社会活動自体がやがて失速していった。ヨーロッパ共同体として外縁の国々や人を取り込んで、活動圏を共有・広範化するという現行の政策が目指す形態でしか発展していけない。しかしそれすら、経済的な優位圏がその格差を前提に利潤を生み出す現資本主義経済の構造からは脱却は出来ていず、資本主義の構造上の推移に従いやがてその活動も収束して行く筈である。
そういった長期的展望を含め、現経済活動による「発展」が頭打ちになり打開を図ろうとしているヨーロッパの最先進国、その首都市では、この飽和状態から来る退廃あるいは倦怠感が確かに漂ってはいる。その現実認識は一方で諦観を生み出すだろうが、自分にはその彼らの認識は個として孤立した各々の覚悟のようにも映る。
おそらく寂しく映ったものはその彼らの彼らがそう認識している現実にあると思う。あるいは人生とはそういうものだという省察から導き出され、すべてものごとはそこから個人で始めなければならないという事実。それを個人の存在意義に結びつけ再び個人が他者や社会とのつながりを模索している、そんな状態だ。そこでは明らかに人々が価値を置く対象にするものは今の私たち日本人とは違っている。

この映画の出演を決めた聾(ろう)の一女性が、それを知らない(アダルトビデオ映画と思っている)無理解な教師の言葉に傷つき監督自身が慰めるというエピソードを聞いた。
学校だけが居場所であると思わせているこの教師、ひいては日本人の厳格さ(東京での撮影は許可が下りないのでほとんどがゲリラ撮影だったと言う)、集団内での妬み深さ、時代遅れな世界観に腹が立ったというコメントを氏は寄せていた・・・

映画『バベル』について少しふれると、3つの物語の中のひとつが東京を舞台にして描かれていた。何故、東京という空間が舞台なのか、その理由を知りたかった。氏自身が東京を舞台に一度映画を撮って見たかったということだが、氏が言うように、このエピソードを完成させるために「詩的な」場面を多用したといっている。
他のモロッコやメキシコを舞台にして、そこで生活する人間の質量まで映像化している「リアルさ」へのこだわり(氏自身が追求、こだわっていると明言している)が、一転、東京という空間ではその現実を描く映像は観念的な(おそらく氏の)「東京」になっていると感じた。主人公チエコの「孤独」、音のない世界にいる彼女の孤立した姿は、この観念的な「東京」を舞台にしなくても成立したに違いない。

映画『ロスト・イン・トランスレーション』でも舞台になった東京のように、名前と場所だけ利用しちゃいました的な、主人公たちとも一切交流(コミュニケーション)のない(またそうつとめる気力もない)、部外者的な背景・風景として利用されていた(あるいは監督の目にはそう映っている?)のを今思い出した。

イニャリトゥ氏の作品もそうだろうか?

氏は言う。
東京は好きな場所で一度映画で撮影したかった、外国で実際目にした聾の娘とその母親が寄り添って歩く一瞬の風景(映像)が物語の原型でそれをこの東京という舞台に移した。何故舞台が東京なのかといった自分の問いは、この氏の言葉で既に解消されている。「東京」が観念的なものになっていたというその理由もここから納得がいく。
ただその問いは、作品『バベル』との内容的な関連で舞台が東京である必然性を、またそう必然だと導いた「東京」に対する氏の認識を知りたかったためだが、その問いに対する答えを得られたわけではなかった。

モロッコの荒涼とした大地にたくましく生きる幼い兄弟の姿は、その背景であるモロッコの、「リアルさ」にこだわっていると言う映像によって強い印象を残すことになる。そしてメキシコの雑多なしぶとく、生きることに必死かつ楽天的に根を下ろしている人々の姿も、その「メキシコ」を映す映像によって見事に描かれていた。チエコの孤独を生み出す「東京」という舞台がもつ「リアルさ」はしかしながら描かれていたとはいえないと感じた。先に観念的といった理由はここにある。
氏がこだわる「リアルさ」よりも「詩的に」描いたという東京。詩的なフィルターを取り除いた時、東京のリアルさとは一体何が残るのだろうか?

そのエンディング。
父親と裸のチエコが街を見下ろすテラスで抱き合う場面、監督自らの願いを込めた姿であろうと感じた。

2007年11月15日(木)記

photo by t.yokoyama, costa rica 2001.

4 Comments
  1. 語句補遺1:編集部

    2007年11月15日の記事です。

    「第3期」としてブログで半年ほど記事を投稿していて、この記事は最後のもの。程なくブログ記事の冊子化に当たり巻頭記事の「はじめに」としてこの記事を再録しました。

    今回「第5期」として新たにブログを始めることになり、この記事で扱った題材をもう一度「序文」として再掲載しました。これを起点にもう一度以前は未消化だったものや今は明確になりつつあるものについて記し考え始めようと思いました。

    特に本文のイリャニトゥ氏の日本に関する寸評は、今に至って益々我々に日本や日本人としての問題の核心をはっきりとした形で突きつけているとよく理解出来ます。「序文」として再びこの記事からはじめようと思った理由です。

  2. 語句補遺2:編集部

    上の写真は、アレナル湖畔のフォルトゥーナをあとに、グアナカステ地方のリベリアの町に向かった、そのバス上で途中乗り合わせた女性。

    「日本的な渓流の河床のような急傾斜で、曲がりくねり石だらけの荒い道をバスはゆっくり下って行く。時々彼女は膝にした赤い果物を口にしては、種々を窓外に鮮やかに吹き飛ばす。肌白く清楚な最初の印象とは違う一面、大胆だなと思っていると素敵な笑顔を向けながらあなたもやって見ろと言わんばかりに果物を差し出し笑った。この時初めて食べたのが乳白の、この透明に潤った官能的な果実、ライチなるものだった。

    山間部から広い草原へ出たところに学校を兼ねた教会が小さく見えた。その教会で教師をしているという彼女グレイスは、やがてバスが停まるとそこで降りて行った。」
    (「コスタリカ行の雑記ノート」から)

  3. Pingback: moment edition | existential substance

  4. Pingback: 豊かさの実相 – notes

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*