black forests

ボヘミアの森

●「黒い森」と消滅する母国語(童話の背景)
グリム兄弟が生まれたハーナウにほど近い、ドイツ南西部のバーデン=ヴェルテンブルグ州に、南北160 km、総面積約5,180 ㎢ の「シュヴァルツ・ヴァルト(黒い森)」といわれる地帯がある。今では植樹林層に置き換わってしまっていて、名前の由来も黒く映える植樹されたモミの木から採られたといわれる。

一方で「ベーメル・ヴァルト(ボヘミア人の森)」といわれる「ボヘミアの森」は、チェコ・ドイツ国境地帯に沿い南北300kmにわたっている森林地帯だ。ボヘミアという名の起源は定かではないが、モラヴィア、シレジアと分かつチェコ西部の地方の呼称で、この森林地帯南部は彼らには「シュマヴァ(ざわめきの森)」と呼ばれている。

「ボヘミアの森」も「黒い森」も、現代の地理的な意味で考えればそれぞれ2つの名称は別なものを指していることになる。しかし、かつてはそこはゲルマニアの名で呼ばれ、この2つの地域も含む広大な領域が原生林に覆われていた。古代ローマ帝国の版図を最大規模に拡張させた三賢帝のひとり、ハドリアヌス帝の治世下でA.D.138年頃の様子を表した地勢図を見ると、このゲルマニアの森の広域さが理解できる。
この地帯全域には様々な部族が住みつき、蛮族(バーバリアン)としてローマの人々には怖れられていた。帝国の支配領域を次々に膨張させていた彼らも、帝国最盛期にあってすら、この地帯は、その広大に覆われた森の城壁に阻まれ、支配下に取り込むことは最後までできなかった。やがて彼らの旺盛な移動活動や南下する移住民たちの動きによって、帝国領域内への侵入を許し、それが彼らの滅亡の一因をつくり早めたといわれる。

原生林も今や消失したか、わずかな地域に2次的な植林地として点在していることは既に述べた。
このゲルマニの森は、しかしヨーロッパ中世を経て、19世紀の産業革命の時代に至る長期の間は手付かずでまだ存在していたと思う。黒い森に潜む闇がまだ人々の恐怖や、自然が持つ未知の部分に対する畏怖をまだ残していた時代には、西洋のキリスト教信仰が、それらを異教や邪悪でデモーニッシュ(悪魔的)な表象として、自然界の獣たちや現象に結び付けていった。技術的革新によって手に入れた文明の光がこの闇を切り開き、今まで支配されていた恐怖の原像は、自然と文明との対立関係を生み出し、それを克服・支配すべき対象に定めた。こうして森は開拓され人々の居住域は拡大し、ヨーロッパの奥地にまだ残っていた森が、かつて古代の文明圏で起こったと同じように消滅していく。グリム兄弟が生きた時代には既に大半の森は開拓され消滅していたと思われる。

外国の軍隊に占領され解体してしまった自国の中で、母国語までが奪われ失われてゆくという危機感から、彼らの研究生活は、絶望的なほどに、民族・愛国主義で武装され、死活を運命づける事業であったことだろう。彼らが渉猟した文献や、収集し大成させた民間伝承は、その前時代的な失われた姿を伝えていて、彼らが求めていたドイツ人として自己の存在を規定する「原型」がそこには残されていた。

現代に見る彼らの自然観や、高い環境保全意識は、 この一度は失われてしまった森の原像をめぐり、後悔と大切にしなければという国民の誓いが基底にはある。日本とは違い、一度失われれば植物は生育し復活はしない環境・気候条件下にあるためその思いは一層に強いものである。

●白州の大地、チェコ的なもの1998年

きっかけが何だったのかもう思い出せないが、南アルプスの麓の白州の地で、「アート・キャンプ」が開催されている新聞記事を見つけた。そこにチェコから参加の舞台公演があることが書かれていて、様々なプログラムの中の一つで、人形劇に興味を覚えた。そこには舞踏家・田中泯氏が創作の拠点にして活動する場所があり、彼らの農地にもなっていた。倉本聡氏の富良野塾や、宮沢賢治その人を彷彿とさせるが、毎年企画され11回目を迎えた芸術祭で、今夏はチェコ国とのコラボレーションを掲げて、世界中から集まってきたダンサーや俳優、音楽家なども一緒にテント生活をしていてた。何やら秘密的な熱気が、散漫に夏の暑いダルサの下、無数のヤブ蚊と共にあったあの国籍不明の空間の中に凝縮していたのを感じた。

ヴェラとフランティシェックの夫婦による人形劇は養蚕農家の廃屋が会場になっていて、開場の時間までブラブラしていたが、その時目にした舞台稽古中だった舞踏劇があった。舞台上のダンサーの直ぐ脇でヴァイオリンを演奏していた長身の女性が、イヴァ・ビトヴァさんだったということを後になって知るが、これは『Grimm Grimm』(国際共同制作シリーズの4回目)というタイトルで今回の芸術祭の目玉だという。日を改めてこの舞台も鑑賞することになり、これは東京公演も行われ、舞踏劇の演奏のために来日したというイヴァさんの特別コンサートも東京では開催された。それらも単車で駆けつけ観に行くことになるのだが、まずはこの地で行われた2つの舞台について記すことにする。

●残される記憶、モノがきしむ音の中で

手書き原稿の手刷りパンフレットをヴェラ本人から手渡された。彼らの人形劇は薄暗く小さな屋根裏部屋が舞台だった。色彩感がない。真夏なのに薄っすらとした冷気が山襞から吹き降りてきた。高地の寒村で点在するうち捨てられた廃屋、その内に眠り残された記憶が密集した観客の体温で蒸気する。始まった劇はそれらの記憶を吸い込んで不思議な世界を照明の下で現した。無言劇。様々なモノが上げる音が生の効果音として共鳴し、木彫りの人形が何かを語りかけていた。

この夫婦は歳はどのくらいになるのだろう。この芸術祭への参加の経緯は詳しくは知らない。ヴェラは若く 見えたがフランティシェックは60歳を越えているだろう。彼らの自国が旧ソ連政権下 に支配されていた時代、人形劇を2人は続けて、地方に住む子供達に見せるために巡業してチェコ各地を回 っていたそうである。 ソ連共産党への抵抗時代にアンダー グランドで展開されていた芸術活動にこの主催者である田中氏も参加したことがあると聞いた。演劇人の元チェコ大統領のハヴェル氏とも知り合った中であるという。

人の生活の中で使われているモノ。劇はそのモノが発する音を頼りに我々の感情をあるベクトルへとつなぎ、過去の時に郷愁を伴って抱いていたあるモノへの愛着が呼び覚まされる。この、時代や国が変わっても人間に共通するある種の精神的な価値観は、現代の日本で消費・物質文明の中で完全に麻痺している私達の精神にとっては純粋過ぎた。結局はこの廃屋と共に、この演劇の時間と空間が幕を降ろし、人はそこを去ってしまえば、感傷的に過去を懐かしむ郷愁と断片化した記憶の中に埋没する一時的な刺激となって、この舞台上に現れた「虚構」というもうひとつの現実はただ消費されて終わるだろう。劇が終わり、ヴェラさんにチェコ語でありがとうと伝えた時、相手はとても感激していた事がその後いつまでも心に残っていた。

●黒マントと赤いずきんの少女
中央にはボロを纏い大きな鍋の底を杓もじでこそいでいる老婆のような人物。そのまわりを歪な動作や格好で佇む人間が闇の中に浮かぶ。

舞台中央には大樹が大きく枝葉を広げ、舞台全体も野外の大地の上にこの大樹の如く根を張っている。観客の多くは地元からではなく、アート・キャンプの一般参加者や都心から来た人々ではあったが、グリムの「童話世界」を期待していた子供連れの家族等にとってはこの舞踏劇は、一部のファンを除いて異様に映ったに違いない。それが蚊の襲来に悩まされながら延々と続く。そこへ屈み一ヶ所で演ずる役者は堪ったものではないだろう。そんな邪推を許す程最初は少々退屈な舞台であった。

既存のイメージの中にある観客の「グリム童話」の世界とはどんなものだっただろうか。その勝手に抱いたイメージ通りのものを期待したか、舞踏というものに最初戸惑いを感じただけだったのか。舞台上の異様な格好、動き、登場するキャラクターは、超人間的でどれも一様ではない。その異様な世界が突然に口をあける。中央の大樹に居座った2体の異形の者。それが木から大地へ降り立ち歩き始める。グリムの兄弟を思わせる2人がからかい合いながら大地を自由に楽しげに駆け回る。その挿入場面に続き、中央に座り込んでいた老婆と思われた人物が身に纏ったボロを脱ぎ始めると、その下は赤い服に身を包んだ少女の姿へと変わる。と笑い転げ、スカートの裾から白く伸びる脚を気にする事もなく顕わにさせて、その舞台はその赤一点の彩色と明朗な少女の笑いに華やぐ。その動作は、身体的には美しくかつセンシュアルな面と、それには無意識でいる無邪気な少女の笑い声と大胆さという不均衡さによって、やがて少女から女性へと変貌する未知の扉を象徴的に押し開いていくことになる。松明を持った少女は異形のモノ達が蠢く森の中へと分け入る。黒マントの男が鞭を空で鳴らし徘徊している中、少女は恐れを抱き、そして辺り一面を覆い空へと続く巨大なキャンバスへ火を放つ・・

●身体の束縛と自由

大きなシチュー鍋の底をこそいでいる身体の動き。その動きが発しているものは老いた精神と無知で終わる人間の生活。草木の生えない荒涼とした大地に孤立して残る寒村の地を思い起こした。しかしこの身体の動きはそんな場所のイメージではない。年齢が年を経ても心はいつまでも、時にそれ以上に若さを保つことができる。反対に歳が若くても、その精神はすでに老化してしまう場合もある。精神とはそういうものだ。「無知」とは教養がないという意味ではなく、「老いた精神」も「無知な人間の生活」も、老いや無知 からくる束縛を受けた身体が、本来の自由を奪われてしまった状態を表している。
身体の自由。動きを可能にする我々のからだは、地上で生き、活動する以上は重力の影響、「束縛」と言える、を受けている。身体レベルではすでに我々は常に 不自由な状態にあるといっていい。これは自然の摂理に適った真理である。しかし、身体が本来の自由を奪われてしまった状態というのは、加齢による身体機能 の衰え等も含めて、この物理的な原理をわざわざ証明しているわけではなく、むしろ文化的な側面に属す。舞台はただ肉体を併せ持った身体の、自由な動きの可能性を追求している。舞台はそれが不幸にも現代では覆い隠されてしまっている という批判と、破壊的抵抗に満ちている。

初出:単行本化に際して書き下ろし。表題「Clown Philosopher」のシリーズ稿。

2 comments to “black forests”
  1. グリム兄弟(兄ヤコブと弟ヴィルヘルム)【写真1】って?誰、こいつら?まぁいいか。

    19世紀、プロイセン国支配後に勃興したドイツ帝国、実質はフランス国ナポレオン皇帝の支配を受け軍隊もその指揮下にあった、で解体した自国のアイデンティティー確立を母国語に見て、兄弟で古民間伝承を収集、童話として大成させた言語学者。

    今回の肖像撮影のためにグリム兄弟に扮してもらったのは、チェコ共和国の喜劇俳優・哲学者のW&V(ヴェリフとヴォスコベツ)。劇団ABCを創設し、ナチス政権下で言語の持つ遊戯的批判精神で徹底的に抗戦、現代のチェコ人が最も敬愛する人物の一、伝説のデュオ。

  2. クリスティナ・リシュカ・ボコヴァー Kristýna Liška Boková

    1981年チェコ生まれ。舞踏家・俳優。1998年の田中泯主催の日本・チェコ共同プロジェクト『 Grimm Grimm 第2巻・日本編 』に出演。これは先行したプラハ公演の『第2巻・チェコ編』に次ぐもの。グリム童話の舞踏化計画は1996年に始まり、第1巻が翌年に公開。彼女は当時まだ高校生だった。その後、ワークショップでの指導等の経験を積んだり、しばしば白州の地へも来日していたようだ。最近になって彼女を調べて見た結果、かなり知名度が上がっているのを知った。チェコ国内での映画に多数出演。舞台活動も盛んに行い、米国誌上での記事にもその名が散見。今やチェコを代表する若手俳優になっている。数点の写真を見ると顔の印象はすっかり変わってしまったが、涼しげな青い瞳の眼差しに面影が残っている。写真は2007年のソロ舞台から。

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