commerce message

2年程前、インドネシアのこんなCMがあると教えられ観たのがこの飲料水のコマーシャル。
ここ最近のジャカルタを訪ねたことのある人なら、このCMに違和感を覚えるかもしれない。最近ではなくともジャカルタの様子を目にした人ならそう感じるかもしれない。
違和感とは・・・

インドネシアの町並みと人々が映し出され、その場面に流れるナレーション。
「インドネシアに行くとオサルのジョージをいろんなところで見かけるんだ。なんでも、人口の2倍売れてるって。からだの調子が気になったら最初に飲んでみるんだって。センセイもすすめているそうだ。あれは赤道直下だった。水よりも人のからだに近い水。イオンサプライ・オサルのジョージ」。正しくは「オサルのジョージ」を商品名に置き換えてください。

唐突に「あれは赤道直下だった」という往年のサントリーCMばりのフレーズが入るのだが、何となくこのフレーズ使いたかったんだろうな。違和感とは、そういうケチなどうでもいいことではない。

冒頭と最後に映し出される世界遺産の世界3大仏教寺院の一つ、ボルブドゥール遺跡を背景に一人の日本人旅行者が人やこの国の様子をバジャイに乗りながら目にしていく。傍観的で素敵なコマーシャルだ。

違和感は、実際にその国で生活する人々のリアルさと、傍観者のノンビリとしたこの国や人々に対するイメージの間にある距離と言ってもいい。音楽はまさに傍観者側のこの国・人々に対するイメージと重なっている。コマーシャルは商品やイメージを宣伝する訳だからこれで何も問題はなし。

インドネシアは私に取ってはドギツい国だ。インドネシア人も国内や国外問わず皆どぎつい。
アジア最大の人口1,100万人都市、首都ジャカルタの騒音や車の群れ、町郊外に溢れるゴミと悪臭が脳裏にまだこびりついている。その感覚が蘇る。それ以上に金を得ることに懸命な人々や人から人へ直接流通する溢れるモノ。それはまさに人の生活の化け物のようなエネルギーだ。その様子は記事で以前「貪欲な消費者」と記した。

CMに感じたものはこれらリアルで雑多なものを全てまるでミュート(無音)にさせたようだ。このCMの傍観者の目に映るものはまさに人々の姿だが、これは自分には「南国の常夏の小さな人々の小さな島国」というイメージだ。

ボルブドゥールでは寺院遺跡を後にして迷路のような通路を通って帰途につく。道には所狭しと店が立ち並び、観光客を見つけ出そうと売り子が大勢徘徊している。ミュート化した人々は観光客に歯の抜けた薄ら笑いにしか見えないカワイらしい愛想笑いを投げかける。
彼らは随分不敵だ。

言葉が分からないこの男はその彼らに親近感を覚え上から目線でインドネシア人は親日家だとのたまう。当のインドネシア人はこの男の財布の中身が気になって仕方が無い。とても役には立たない土産物を売りつけようとするが、行く先々で付きまとわれ、しかし観光客の男は満更悪い気はしないのだがそんなものには全く興味がない。
「いらない、ありがとう」って言っても決してこのカモから離れようとはしない。だが、思い切って言葉にしてみよう。「お金をもってない」と。途端にクモの子を散らしたようにあれ程必死でうるさく付け回して離れなかった売り子どもは消えていなくなる。

男は遺跡のテッペンに立って気づいただろう。そういえば入場料金って外国人は邦人に比して異常に高かったな。でも冷房の効いたVIPルームでカップ一杯のコーヒーとインターネットが無料で使える特権が付いて来たのでまぁいいかと。この男が到達した心境にCMの音楽はぴったりとシンクロしていた。

一本500リットルがだいたい5,000ルピア(日本円で50円ぐらい)。駅だとほぼ日本と同じぐらい。場所や店の人によって値段が違うのは自家製ポカリが流通しているから。この国で暮らすインドネシア人はみんな知っているからこういうものはあまり買わないし、新鮮で美味しく安い店や品物を当然知っている。実に不条理をサラリと受け流す合理的かつ現金な人々そして国である。


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