tsubuyaki

2年振りのインドネシア。そして2年振りのツイート。スカルノハッタ空港で明朝発ジョグジャ行の便を待っている。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月07日

自分は飛行機以外に何を待っているのかと思った。何を待っていたのかと考える。以前は長い間何かを待っていた様な気がする。それは忘れものを思い出せない感覚と欠落感に似たもの。今はこの感覚を失った現実と充足感、予感と不安の間にあり臭覚を刺激する衝動がある(「閉塞的な日本における行動原理」)。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月09日

バス座席から途中老女が乗込んで来たのを気にするとなく目に。とこの人いきなり私の目前をまさぐり始めた。ギョッとした瞬間、反対後部の女性がその手を取り別席に老女を導いた。目が見えないのだ。盲目だったことはおろか杖を手にしていた事すら気づかなかった自身に恥じるより驚きの方が大きかった。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月09日

道路を渡るにも命を賭してという、それも決して大袈裟じゃない、ぶっちゃけ人命という質量の軽い国情・交通事情のある国。乗客が乗るか乗らないかも待たずに爆走するバスで、この目の見えない老女は、手探りで前へ前へただただにじり進んでいる、その様子は全てを何かに託している、そんな感じだった。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月09日

国の9割近くがイスラム教徒。まだ信仰の純度が高い、つまり敬虔な信者が多いインドネシア。この目の見えないヒジャブを被った老女の場合、全てを「託す」のは祈りと共に神に対してだが、何かが身に起きても従容と受け入れる覚悟がある、あるいはそれを補填できる何かがこの国の人々の中にはあるのか?

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月12日

未だ階級社会が残り汚職が公然と常用化しているインドネシアで、国の社会保証やサポートは米国同様大部の人間を切り捨てている。「補填」とはその様なものを意味しないし、期待もされていない。不満が頻繁に大規模な暴動として爆発するが、根本的にはこの「断絶」が個々の意志を諦めの感情に押し戻す。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月13日

道路や下水道等のインフラは急速な発展の途上。貪欲な消費の群れから吐き出され街中に堆積したゴミや妬みの眼差しが示すのは、人が蔑ろにされて永年惰眠された人々の意識。この巨大な流れに皆が乗り遅れまいと10円単位のカネのため、大部の人間は持てる自らの身体を使いあざとく労働に足掻いている。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月13日

酷い処ですと言ってしまえばそれまでです。汚いし。臭いし。しかし、人が住む場所は汚くなるし、臭いものだ。当然、無臭無菌状態という訳にはいきません。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月13日

幼児を同伴した移動のため大分難儀する事が多いが、ここでは飛行機やバス等で長蛇の列にも関わらず、席や順番を優先してもらうことが頻繁にある。それはマレーシアでも同じだった。旅行者を除けば行く先々で場所を問わず、どのインドネシア人も子供に対する眼差しが温かい。日本で受けるものとは違う。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月18日

幼い子はある意味破壊者だ。せせこましくこ綺麗に並べたものを見事に散らかしてくれる。然も奇声を上げ嬉しそうに、時に粛々と不満そうに。諧謔的でユーモアに満ちた彼らは、体裁を繕い惰性で感情が麻痺した人を滑稽に炙り出す。見栄や外見に捕らわれ心が外部に対し閉じてしまった者には脅威の存在。

— moment edition (@edition5_jp) 2014年05月20日


2 comments to “tsubuyaki”
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